Q.なぜ蔵を継ごうと考えたのか?

2003年に実家の状況があまり良くないということを聞いて、その当時の私は24歳のときで、東京で他の仕事に就いており、醸造学も学んでこなかったし何の準備もしていなかったので蔵に戻っても当時の自分に何ができるかなんて全く想像が付かなかった。特に日本酒が好きだった訳でもないし、日本酒の造りに興味があったわけでもない。それでも酒蔵の子供の本能として、戻らなくてはいけないってところですよ。やってきたことは違うけど、ワインに関連した仕事をしていたので、何かしらできるかもしれないという気持ちで戻りましたね。

Q.仙禽の蔵元に就任する前は、どのような仕事に就かれていたのですか?

仙禽の蔵元になる前はワインに関係した仕事をやってましたが、ワインといってもどちらかというと私はサービスをする側ではなくて、ワインについてを教える役割であるソムリエの仕事をしていました。ワインは日本酒と覚える内容があまりにも異なるので、日本のテキストもワインのテキストも分厚さという部分は一緒なんですが、覚える内容が全く違うことに日本酒業界に入ってから気が付いた。やはり日本酒の場合は醸造方法などのテクニカルな話が多い、一方、ワインの場合はテロワールが中心の内容で土地の名前、畑の名前、生産者の名前がテキストに細かく載ってある。日本酒で生産者の名前なんてテキストに一文字も書いていない。ワインの場合だったら、生産者の名前と畑と国が大事だなと。そのような意味ではワインと日本酒は全く覚える内容が違う。同じ発酵でも単発酵と並行複発酵の大きな違いだと考察しています。自身の経験を活かしてワインの良い部分をシンプルに仙禽に取り入れようと考えました。

Q.生酛づくりを導入した理由はなんですか?

私が蔵に戻った時は大量生産、大量消費の酒造りをやっていましたから、それに対する大きな反動だと思います。他にもコロナウイルスが社会経済に与える影響が大きくなるなかで、付加価値のあるものが求められる世の中へと社会が変化し、それにより日本酒業界も本質的なものづくりを追求する時代になってきたと時代の変化を感じています。これには私は少し遅いと感じている部分もあり、仙禽は15年前から、少なくてもいいから価値のあるものをきちんとプロモーションしていこうと決意してから、仙禽ブランドは本質的なものづくりについて真剣に向き合ってきました。そうしないと伝統は残らないし、語れないと感じましたから。生酛づくり以外の話でも、2007年に木桶を真っ先に導入した当時について振り返ると、改めて良かったなって思っています。

Q.お米とブドウでは特性が異なるのに、なぜテロワールにこだわるのか?

酒税法という法律の中に原料に対する制限が一つもない事実に気が付きました。あえて挙げるとすれば、特定名称酒を謳う為には3等米以上のお米が必要だということぐらいでしょうか。お米という穀物であれば何を使用したって日本酒になるという事実。その事実はワイン業界から来た私からすると、とてつもない違和感を感じてしまいます。ワインの原料であるブドウは基本的に風土や土地に価値がついているのにも関わらず、お米から醸造される日本酒の場合は醸造技術しか注目されない。日本の原風景である田んぼの素晴らしさや歴史ある土地や風土に対するリスペクトを感じられない。歴史的な問題もあり、日本酒の品質は重視されてこなかった時代を経て、今に至る。ある程度の品質と大量に造れる醸造方法しか認められない時代もあった。平和な時代のお酒造りの象徴でもある生酛づくりが認められない時代があった。令和の時代に突入した現代は比較的、平和な時代で、だからこそ生酛づくりで仙禽を表現したい。ワインにも用いられる品質を保証するAOCを見習い、安心安全で良質なものづくりを追求したい。だからこそ、鑑評会でも金賞を獲得しやすいとされる、吟醸造り、YK35という造りではなく、無垢で素朴な亀の尾を使って出品したこともありました。それは、いろいろなことに対するアンチテーゼの表れだと思います。あとは自分自身がワインの世界に身を置いた経験からくる違和感ですね。ワインの方面から見た日本酒や日本酒の方面から眺めたワインって全く違います。ワインの方向性から見た日本酒は正直、違和感が多い。今は日本酒もワインの考え方を取り入れる点が増えてきている気がします。テロワールやドメーヌというワイン用語を日本酒に用いていたことなど、自分も当時は随分と言われたけど、でもそれはみんなが使うキーワードだから全く問題ないんですよ。他にも去年の日本酒業界の流行語大賞的な言葉でもあるアッサンブラージュだって、仙禽は5年前から導入しています。世の中はグローバル社会でボーダレスの時代に突入していて、時代に取り残されない為にもシンプルに良いものは積極的に取り入れたいと思います。文化を残すためにも変化は認めなければならない部分も大切だと私は感じています。いずれにせよ、原料に対してリスペクトが欠けていた業界であったことは間違いない。

Q.温度管理が容易にできるサーマルタンクを導入せず、木桶を使用する理由は?

弊社は基本的に木桶を外に動かす等のメンテナンスをする必要がないのですが、ステンレス製のタンクを管理するよりは確かにメンテナンスは大変です。しかしながら木桶が持つ、あの空気感やアート感は誰が見ても間違いなく美しい。美しくないって言った人がいたとしたら、私はそれは人格が崩壊していると思うレベルです。恐らくそんな人はきっといませんが。木桶を間近に見て気持ちが震え上がったりするはずです。だって凛としているじゃないですか。人によってもその感性は様々で、美しい車を見て幸せを感じる人もいるだろうし、美しいアートを眺めて感動する人もいる。その木桶のある美しい風景が身近に存在するなかで、そして江戸時代の代物が身近にあるなんて、他の職業ではありえないことなんですよ。それを使わない方が間違っていると感じています。原点回帰することに抵抗を感じる理由がどこにあるのかが理解できません。それが時代に合っていれば良いと感じています。例えば、私たちが200年前に生まれていたとすれば、その時代に合わせて即、最先端のステンレス製のタンクにしていました。でも現代は平和な時代で、ゆっくりとものづくりができる環境に仙禽はある。自分たちのペースで自分たちの哲学を大切にしながら酒造りができるからこそ、少しの不便を選んでも、自分にとって納得のいく、美しさの中での酒造りを追求したい。世の中はアートにふれる必要を感じていない人の方が多いですが、私たちはある程度、そのようなイノベイティブな感覚がないと、多くの人を魅了する作品は作れないです。美しいものに無頓着な人が、美しいデッサンが出来るわけないんじゃないですか。ただ私たちは常に刺激のある美しいものとか、温故知新なものに見て触れてイノベイティブへのチャレンジをしていかないといけないと私は感じています。

Q.せんきんのブランドを考える上で大切にしていることは何ですか?

大事なのはキャッチーであるかということ。私はこの考えをいろいろな人にお伝えするのですが、現代の人たちはインターネットに存在しないものやインターネットに引っかからないものは存在してないのと一緒だと考える傾向が現代の人たちにあると私は考えています。いくら有名な銘柄でも、インターネットで検索して引っかからなかったら意味がないと考えています。有名な銘柄が昔から知っている居酒屋の冷蔵庫に存在したとしても、20代の人たちの中に存在しないものは、存在する意味がないと考えてしまいます。だからキャッチーであるという点は大切。しかしながら、それだけではブランドは続かない。だから、モダン仙禽、クラシック仙禽、ナチュールの3種類を用意しています。この3種類はやっぱりデザインに対していえば、常にオーセンティックである必要があると考えます。決してキャッチーだけではいけない。だからこそ、仙禽でのキャッチーは季節と置き換えました。さくら、かぶとむし、線香花火、赤とんぼ、雪だるま、この五本柱があるから、仙禽は古くて新しいものづくりを続けていける。もちろんHope!もキャッチーの部分に入ります。伝統と革新のバランスが大切。全てのブランドをキャッチーにするという間違えを犯していたら、仙禽はおそらく5年後、商売を続けていられなかったかもしれない。だから、トラディショナルとか、オーセンティックという言葉を伝統的なブランドが忘れてしまったら終わりを意味します。基盤ありきで、それとは別にキャッチーでポップなものがあることが大切だと私は考えます。古くて新しいものづくりと一緒で、そこもバランスが大切です。ラベルは基本的に私がイメージしたものを何度も協議を重ねながら、信頼のおけるデザイナーに表現してもらっています。Hope!は私の閃きからデザインしたもので、書体はデザイナーに描いてもらいました。

Q.全国にある1400の酒蔵の中で、せんきんの立ち位置は?

私のイメージでは1400蔵の中で仙禽と近い感覚でお酒を造っている蔵は200社ぐらいだと感じています。良い悪いの話ではなく、造っているものが違いすぎる点が多いので僕は別のアルコール飲料だと考えるようにしており、その感覚はワインとビールぐらい違うイメージです。仙禽と大手酒造メーカーが同じジャンルの業種だとして比較をすると、わかりやすい違いは企業規模だと考えます。企業規模が100倍大きいけども、しかしながら規模の問題だけではなくて、造っているものや取り組んでいる内容、社会に対する役割にを考えると異なる点があまりにも多すぎます。なのでクラフトって括りで括れるのであれば、クラフトに積極的に取り組んでいる蔵は、おそらく200社くらいだと考えています。

Q.今後の取り組みについて

仙禽ブランドを通して何処までも昔にタイムスリップすることと、その一方で、何処までも時間を未来の方向へ進めていくことの両端を追求していきたいと考えています。昔に戻るという取り組みにおいては、ヘリテージという言葉をキーワードに据えて取り組んでいきたいと考えています。要するにヘリテージという言葉の意味はヴィンテージと似たような意味として用いられることが多く、ヴィンテージは価値あるもので一朝一夕では作れない、時間の経過や時が磨いて作り上げるもの。ヴィンテージというものはあくまでも年号や年代を意味するので、それが形になったものの呼称がヘリテージです。それを仙禽ブランドとして、多くの人を魅了する車や時計と同じような感覚で液体としてどういう風に表現していくかということを目標に据えて歩み続けていきたいと考えています。

Q.美味しいという基準については?

それは時代が選ぶものです。理由は人の味覚は時代によって変わるからです。例えば20年前のフランス料理はたくさんバターを使用していましたが、現在のフランス料理はヘルシー志向が進んだことで、バターをたくさん使用したフランス料理は人気が無くなってきている傾向があります。あの時最高だったものが最高じゃなくなる。美味しいの基準はやっぱり時代が選ぶもの。現在の日本酒業界がジューシーでライトな日本酒が席巻しているのだとしたら、5年後はその日本酒が求められなくなる可能性だってあります。もしかすると10年後はまた淡麗辛口の時代が来るかもしれない。だから私たちは時代に合わせていく必要があるのです。味というのは時代が作るものであり、その会社や職人が頑なにその味わいをを守ったとしても、時代に受け入れらなければいずれは淘汰されて、廃業に追い込まれてしまいます。人気がある老舗の和菓子屋も何百年も経営が続いているのも、お客様に気付かれないように少しずつ味わいを変えてきているからです。

文:宍戸涼太郎

写真:石井叡