氷菓「あずきバー」で有名な井村屋グループが日本酒業界に参入した。井村屋は三重県津市に本社を置き、冷菓や肉まん・あんまんなどを製造する上場企業である。会社の創業は1896年の老舗企業で、創業者の井村二郎が中国戦線の戦友らと立ち上げたのが成立ちだ。そして、今回の日本酒事業への参入の経緯は三重県で清酒の「宮の雪」や焼酎の「キンミヤ」などを製造する、宮崎本店の会長から「福井酒造場という酒蔵が老朽化や後継者の問題で困っている」との相談を井村屋グループの浅田会長が当時受けたこと。浅田会長は三重県内の酒蔵が減少している現状や日本酒業界が衰退産業であること、新規参入は法律上、困難なことを知り、日本酒業界への参入を決意した。
また、和菓子を製造する企業として、自社で日本酒を醸造することで副産物の酒粕も酒饅頭等に活用できることも魅力的だったそうだ。井村屋グループは人の真似をしない「特色経営」を経営理念に据えており、企業として日本酒業界への参入が新たな価値創造にも繋がるのではないかと期待を寄せての事業でもあった。そして、将来的には自社の強みである冷凍技術を日本酒の醸造にも導入したいとの構想を抱く。日本酒を冷凍させて海外まで輸出するなど、異業種からの参入だからこそ、蓄積した技術を活かしていきたいと語る。また、福和蔵での日本酒の製造が円滑に進んだのには理由があり、会社に醸造の知識を持った社員が在籍していたことも幸運だったと振り返る。
福和蔵酒造部長を担う、安田裕幸氏は佐賀県の酒蔵で勤務経験があり、井村屋に転職してからは水羊羹などの和菓子を製造する設備導入を担当していた。安田氏は井村屋グループについて、「品質向上のために積極的に設備導入を行う会社」、「酒蔵を新設するタイミングでも設備導入に多額の設備投資を行ってくれた」と思い返す。福和蔵の開業前には三重県内の清水清三郎商店で研修を行わせてもらい、清水社長と内山杜氏の考える「癖のない酒」を学ばせてもらったそうだ。研修後は開業した酒蔵に戻り、最高の設備環境のなかで、現在の設備環境に適応しながら最適な酒造りを目指している。そして、清水清三郎商店の「作」と同じ酒質を追求しては、自社の魅力にはならないと考え、現在は社員と何を目指していくのかを模索している段階であると語る。三重県伊賀市の福井酒造場を2019年に事業継承してからは、三重県多気郡に酒蔵を移して醸造を行っている。
酒蔵は2021年7月に開業の複合型リゾート施設「VISON」内に所在する。施設内には「菓子舗 井村屋」も出店しており、「VISON」の立ち上げから酒蔵設立が関係者のなかで構想に上がっていたそうだ。そこで、井村屋グループが福井酒造場を事業継承し、酒蔵を「VISON」内に移転したのが構想の経緯。そして、事業継承した酒蔵を「福和蔵」と命名した。名前の由来は、福井酒造場の「福」の文字と、井村屋の創業者・井村和蔵の「和蔵」を合わせた酒蔵名だ。新規事業の挑戦と原点回帰を表す。ロゴマークは井村屋と福井酒造場の「井」。そして、長屋で暮らす人々が井戸で集まる、井戸端会議の様子。酒蔵が交流の場所になれたらとの願いから漢字の「井」をモチーフとした。点は米を表現しており、各企業の歴史を表現する象徴的なデザインに仕上げた。
また、福和蔵は複合型リゾート施設「VISON」内で日本酒を醸造していることで、日本酒に興味のない人にも魅力を伝えていけたらと意気込む。年間を通じて、消費者に日本酒の魅力を発信するためにもフレッシュな味わいを追求する。そのために四季醸造を採用し、蔵は冬の環境下を再現し、温度管理を徹底。それと同時に「テロワールに根差した酒造り」をコンセプトに掲げ、三重県の素材を選び抜く。三重県産の酒米「神の穂」や「山田錦」を使用。仕込み水には井村屋グループで販売されているミネラルウォーター、採水地は松阪市飯高町の日本では珍しい硬水を使用している。また、アルコール発酵を促す酵母には「MK-1」と「MK-3」の三重の酵母を採用し、三重県の風土を表現する。搾りたての「福和蔵」はフレッシででフルーティな親しみやすさが印象的だ。また、透明感も感じられて口当たりも良い。香りは華やかで乾杯酒にも相応しい酒。海外の消費者にも親まれやすい酒質であることは間違いない。
そして、令和3酒造年度の全国新酒鑑評会では見事に初出品初入賞を果たした。また、井村屋グループは海外にも伝統文化として日本酒の魅力を発信していきたいとの構想も強く、業界全体としても高品質な日本酒を海外に供給していく必要があると考えているそうだ。しかし、企業としては焦ることはなく、三重県に旅行で訪れた外国人観光客や地域の消費者に満足してもらうことが最優先だと語る。そして、井村屋のブランド力や流通網を活かして、国内の消費者にも日本酒の魅力を発信する。三重県を色濃く表現する日本酒を消費者へ届けていくことで、井村屋創業の地・三重を世界へ発信していく考えだ。2016年の「伊勢志摩サミット」で三重県は大きな注目を浴び、三重の地酒も飛躍した。しかし、次にそのような好機がいつ到来するかは誰にも分からない。待っていては時間が無駄に過ぎ去っていくだけ。福和蔵を運営する井村屋グループは「こうあるべき」という固定概念や枠組みに囚われることなく、新規参入社として挑戦することで日本酒の未来を切り拓いていく覚悟だ。
文:宍戸涼太郎
写真:石井叡
編集:宍戸涼太郎