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「代々続く、湯川九郎右衛門の誇り」

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十五代九郎右衛門から十六代九郎右衛門、そして、十七代九郎右衛門へと紡がれていく物語。長野県木曽郡木祖村の湯川酒造店は江戸と京都を結ぶ街道の一つであった中山道三十五番目の藪原宿にある。鳥居峠の難所をひかえた宿場であり、戦国時代には信濃国木曾谷の領主である木曽義昌が木曽十一宿を定めたことから、大名の宿泊で大いに賑わい、御本陣は木曽十一宿のなかでも最大規模を誇る。

また、信州にも縁の深い文豪として知られる島崎藤村の代表作である「夜明け前」の冒頭で「木曽路はすべて山の中」であると表現するほど、城壁のように蜿蜒と連なっている山々であることが伺える。昔は山仕事に就く日雇いの職人が各地から集まってきたことから数多くの旅籠があった。武士と山仕事に携わる者が羽を休める宿場町では酒の需要は非常に高く、明治二年の資料によると湯川家のほかに二軒の酒蔵があったほどだという。

当時の木曽谷では良質な木材を年貢として納める替わりに米を得ていたという記録も残されているほど、木祖地域の酒造業は活況であった。しかし、現在は木祖村の酒蔵は湯川酒造店の一軒を残すのみとなってしまっている。なぜなら、木祖村は人口減少が深刻化しており、昭和四十年には五千人を記録していた人口も、今現在は二千五百人弱と急速に過疎が進行している状況であるからだ。

そのなかで、湯川酒造店が木曽地域の気候風土や歴史、文化を表現する酒造りを行っていくことを通して、木祖村の基幹産業である林業や木材加工業以外の産業分野を発展させることが期待されている。

その湯川酒造店の代表銘柄である「木曽路」や「十六代九郎右衛門」を醸すのは、杜氏歴十八年のベテラン杜氏の湯川慎一氏。標高は九三六メートル、長野県で二番目に歴史が古い酒蔵のなかで、北アルプスの南端である木祖村最高峰の鉢盛山(二四四七メートル)から豊富に湧き出る木曽川源流の豊富な井戸水(軟水)と長野県内で契約栽培された良質な酒米を使用することで、木祖村の気候風土を活かした酒造りを行っている。

湯川杜氏は過去に長野県の株式会社仙醸で杜氏を歴任した経験を持っており、二〇十一年に湯川酒造店へ入社した。また、IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)二〇二三「SAKE部門」では最高栄誉の「チャンピオン・サケ」を受賞するという快挙を果たす。まさに「十六代九郎右衛門」が「木祖村から多様な日本酒の世界をひらいていく」瞬間であった。

また、近年の日本酒業界における過度な温度管理に疑問を呈しており、気候変動の側面からも電力消費の少ない酒造りを実践している。醪を一桁台にまで下げて発酵しなければならない「きょうかい7号酵母」系統の近代酵母と合わせて醸造の可能性を模索することを目指し、醪の温度を過度に下げる必要がない「きょうかい5号酵母」と呼ばれる戦前の酵母を採用する。ただ、消費者の嗜好から逸脱した酒造りを推進した結果、湯川酒造店の評判を下げてしまったら杜氏の仕事は失格、本末転倒であるということを念頭に置きながら実践している。また、生酛や山廃、水酛と呼ばれる乳酸菌を活用した酒造りを試験的に採用し、酒質が崩れにくい日本酒も同時に目指している。そして、環境に負荷を与える過度な冷蔵貯蔵を避けるため、水冷式の貯蔵庫を昨年から稼働。生酛系の密度ある骨格の酒質の熟成に適度な室温を夏場も維持できており、エイジングによる付加価値の高い商品の展開を期待している。

そして、創業一六五〇年(慶安三年)、湯川酒造店の十六代目蔵元として率いるのは、湯川尚子氏である。二〇十一年、「十五代九郎右衛門」の名付け親であった先代の急逝に伴い、湯川家の長女であった湯川尚子氏が就任した。幼い頃より周囲から酒蔵の跡取りとして期待を寄せられていたこともあり、進学先は東京農業大学醸造学科へ進学。その後は薬剤師への憧れもあったことから、製薬会社へ入社した。

しかし、二十五歳を迎えた頃に家業を継ぐことを決意し、製薬会社を退社。杜氏の見習いとして醸造技術を習得しながら、「売る側」と「造る側」の溝を埋めることに奔走し、昔ながらの酒蔵経営からの脱却を模索した。さらに、杜氏による経験の積み重ねと現代的な数値と理論をもとにしたロジカルな酒造りで変革を行った。その結果、以前までの甘くて味の多い印象であった湯川酒造店の日本酒は、ふくよかな味わいとピュアで軽快な余韻を感じられる日本酒へと生まれ変わった。

湯川酒造店は人口が急速に減少する村で確実に進歩を遂げている。酒造業や観光業の側面からも地域に光を照らす存在として期待も集めている。かつて、十三代目蔵元が終戦前後の苦しい時期を社長として酒蔵を守り、村長として地域経済の発展に寄与した。十四代目蔵元は地酒を売り込むために「木曽路」を商標登録。十五代目蔵元は湯川酒造店を法人化し、「木曽路」の販路を開拓した後に、新銘柄として今に続く「十六代九郎右衛門」を残してこの世を去っていった。そして、これからは地域との繋がりをより意識し、木曽路の伝統を未来へ残す酒造りを目指している。十六代目蔵元の湯川尚子氏と、湯川酒造店の杜氏である湯川慎一氏は夫婦ふたりで「十七代九郎右衛門」が木曽路の未来を明るく照らす存在として、また日本酒業界でも脚光を浴び続けられるように造り手の感性とともに記憶に残る酒を追求し続けていく。

文:宍戸涼太郎

写真:石井叡

編集:宍戸涼太郎

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