


芳水酒造有限会社が蔵を構える徳島県三好市は徳島県の最西端に位置し、香川県や愛媛県、高知県と接する山間地域である。劔山や吉野川などの西日本や四国を代表する山河が揃い、大歩危や祖谷のかずら橋といった阿波を代表する観光資源にも恵まれる。吉野川流域では急流を利用して舟遊びが盛んに行われており、とくに子供たちが夏休みに突入すると川岸は親子連れで賑わいを見せる。また、2017年には高知県長岡郡大豊町と合同で舟遊びの世界選手権が開催されたことでも知られる。

そして、創業1913年の芳水酒造の代表銘柄「芳水」は山柴水明の山峡・井川町で醸される。数多くの奇岩や巨岩のある景勝地として名高い美濃田の渕では、阿波刻み煙草が全盛の時代に、ここに舟を浮べ清酒を酌み交わしながら漢詩を詠む優雅な遊びが行われていたそうである。その詩のなかで、「芳乃川」(よしのがわ)「芳水」(よしのみず)と詠まれていたと伝えられている吉野川。

1913年11月、初代蔵元の馬場儀太郎は、その吉野川の伏流水や寒冷な気候、郡内産の優良な佃米などに着目して清酒製造業を興した。また、1916年には芳香美味なる清酒が醸造されて近郷の左党より絶大な人気を博したとも伝わる。その時に、この芳香をいつの世までも保ちたいという願いと、清らかな流れに美しい景観をうつしていた吉野川を「芳水」と詠んで先人たちが称えていたことに因んで、「芳水」と命名された。

芳水酒造5代目蔵元の馬場泰地氏は1996年生まれで、東京農業大学醸造学科を卒業し、東京で就職したときは日本酒に対しての印象が良くなかったこともあって、家業を継ぐかどうか悩んでいたそうだ。ただ、4代目蔵元である父親が病を患ったことで事態は急変。もともと自分が長男で姉が2人いるのだが、誰かが酒蔵を継がなければ廃業してしまうという想いに搔き立てられるかたちで2022年に家業を継ぐことを決心した。結局、父親とは2日しか一緒に仕事をする機会はなく、翌年の2023年2月に亡くなってしまった。2023年4月には27歳の若さで馬場泰地氏が5代目蔵元に就任。これまで経営経験や酒造りの経験もまったくないなかで、蔵元経営者として不安がないかと問われると不安の部分もあるが、酒蔵の跡継ぎとしての使命感や蔵人や従業員の方々にサポートしてもらって「今」があるので、いつかは恩返しができるように仕事に集中するしかないと静かに闘志を燃やす。5代目蔵元に就任してから初の「令和7酒造年度の全国新酒鑑評会」では入賞を果たしたことで、すこしだけ自信を持つことができたそうだ。

吉野川の清らかな伏流水と厳選された地元産の米を用い、「きょうかい7号酵母」や「きょうかい9号酵母」、徳島県立工業技術センターが育種に成功した新酵母「LED夢酵母」を使用しながら、穏やかで米の芳醇な味わいを感じられるような酒造りを行う。まず芳水酒造が目指すのは、阿波の地酒といえば「芳水」と全国の消費者から覚えてもらうことだ。地域や自然の恵み、伝統を大切にしながら、蔵の前を流れる吉野川のように穏やかに、時には勢いよく納得のいく酒造りを追求していく。





文:宍戸涼太郎
写真:宍戸涼太郎
編集:宍戸涼太郎