いつも誰かの”よろこびごと”に寄り添うお酒”御慶事”

青木酒造の銘柄”御慶事”

茨城県古河市にある唯一の酒蔵として

青木酒造株式会社の外観の様子

青木酒造は茨城県西端の県西地域に位置する1831年に創業しました。古河唯一の地酒を醸す酒蔵として、今日に至るまで小さな酒蔵を家族で代々守ってきました。現在は年間製造量400石の日本酒を3人の蔵人と共に丁寧に醸しています。青木酒造が酒を醸すうえで大切にしているコンセプトは”茨城・古河への想い”を代表銘柄の御慶事で表現することです。茨城の酒造好適米や茨城県で開発されたSYS酵母などの茨城オリジナル酵母を使用することで、茨城・古河の酒蔵にしか出せない魅力ある酒造りを追求しています。ほかにも茨城や古河のまちづくりの一翼を担う意識を歴史ある酒蔵を運営する責任として深く考え、多くのプロジェクトを企画実行しています。

御慶事の名前の由来とは

青木酒造の主力銘柄である御慶事の名前の由来は青木酒造の3代目当主が大正天皇御成婚の際に、皇室の繁栄と日本の国の益々の隆盛への願いを込めて”最高のよろこびごと”という意味で”御慶事”と命名されました。

青木酒造では御慶事を一般客でも購入できるように直営店も運営されている。

7.5代目の蔵元のつもりで。青木知佐氏

青木酒造株式会社の専務取締役の青木知佐氏

現在、青木酒造7代目蔵元の青木滋延氏の娘で 青木酒造の専務の立場として活躍する青木知佐氏はもともと青木家3人姉弟の長女として育ち、家業の酒造りとは全く無縁の看護師として働いていました。社会人2年目の24歳の時に青木酒造を陰から支える立場の母から「蔵を手伝ってみない?」と電話が来たそうで、父も60歳を過ぎ、青木家の長男である弟は当時まだ高校生で、次女は青木酒造の仕事にあまり興味を示しておらず、「私がやるしかない!」と一念発起し、その翌日には看護師長に退職することを告げ、青木酒造の一員に加わったそうです。そこから杜氏の指導のもと、酒造りの現場に入りながら、合間を縫って 全国の試飲会に足を運び、自社の日本酒をPRしたり 、SNSを使って蔵から情報発信をしたり 、 女性が手に取りやすいようなラベルのデザインを提案したりと、全ては「青木酒造といえば御慶事、御慶事といえば青木酒造」と認識してもらうために1990年生まれの若い世代として、伝統や歴史は重んじながらも、日本酒の新たな可能性を模索していきながら青木酒造の歴史を紡ぐバトンを現在24歳で東京農業大学在学中の弟に渡すために、青木酒造の魅力をいろいろな役割を担いながら発信しています。「父が7代目、弟が8代目、わたしは7.5代目のつもりです。」という言葉が印象的でした。

20代だけでつくりあげる日本酒!!”二才の醸”

ステンドグラスを表現したラベルの三代目”二才の醸”

「二才(にさい)の醸(かもし)」というユニークな名前の日本酒の企画内容は20代の若者だけで日本酒を醸すことを条件に設けられ、2014年に埼玉県幸手市の石井酒造で考案されて誕生しました。26歳の時に石井酒造8代目蔵元に就任した石井誠氏が、日本酒が同世代に飲まれない現状に危機感を覚え、「同じ20代が造っているものなら興味を持ってもらえる」と考え造った銘柄で青二才から「青」を取り、名づけられました。2016年に新潟県新潟市の宝山酒造に銘柄を譲渡し、宝山酒造5代目蔵元の渡辺桂太氏も今年で30歳を迎えたことから、 3代目として”二才の醸”の銘柄を引き継いだのが青木酒造の専務を務める青木知佐氏でした。 青木酒造は”二才の醸”を「20代を酒造りに巻き込む」ことを目的に仕込みから製造、販売までの全ての工程を筑波大の学生達のサポートメンバーらとで、20代のみで作る新しいコンセプトの日本酒と設定しました。2020年には青木知佐氏も30歳になり、 “二才の醸”を4代目として新潟県佐渡市の天領盃酒造の加藤仙一氏に引き継がれます。青木知佐氏はプロジェクトを終えた感想として「充実した2年間で良い思い出になった」と振り返っていました。 青木知佐氏の挑戦を手伝ったサポートメンバーのなかには進路を変更し、日本酒業界に道を進む決意をした若者もいたそうです。 青木知佐氏の20代を酒造りに巻き込むことを目的とした”二才の醸”は成功にて終了しました。

青木酒造の美酒へのあくなき探求心

清掃が行き届いた青木酒造の蔵の内部

青木酒造の蔵の内部は青木知佐専務曰く、計画的に数年かけて、高品質な日本酒を醸す為の設備投資を積極的に進めてきたそうで、その甲斐もあり権威ある日本酒のコンテストで金賞を受賞する等、地元での消費が中心だった銘柄から、全国から注目されるまでの銘柄へと飛躍しました。受賞した酒蔵の責任としても、翌年の酒質のより一層の向上が求められることも強く自覚しており、「期待に応えていきたい。」と酒蔵の成長についての熱い話が印象的でした。勿論、新設備だけで美酒は誕生しませんが、新設備が有ると無いでは大きな差が生まれることも事実です。

お米を蒸すために必要な甑。

古河市の名物”川魚の甘露煮”

古河の歴史と味を堪能できる野村甘露煮店の鮎の甘露煮

茨城県は大洗港などの全国的にも有名な漁港があり、鮟鱇や鯖などの海産物が茨城県を代表する特産品として注目を集めていますが、古河市などの茨城県西部では古くから、利根川や渡良瀬川で獲れた鮎や鮒などの川魚を食べる文化が発展してきました。古河市周辺には現在でも多くの甘露煮店が存在しており、古河市は内陸部で沿岸部からは距離があった為、甘露煮などの保存食が昔から重宝されてきた歴史があります。

野村甘露煮店の正面

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