出雲の国の銘酒“月山”

“月山”名前の由来とは

吉田酒造は島根県安来市広瀬町に蔵を構えております。吉田酒造は島根県東部に位置し、1743年(寛保3年)から広瀬藩の藩公特許による酒造館として始まりました。 旧家は1730年(亨保15年)から「安屋坂店」として酒造りを始めており、現在も酒蔵の煙突に「安」の文字を残し旧家の意思も受け継ぎ、旧家の歴史も合わせると約300年酒造りをしています。自然豊かな中山間地で戦国時代に山陰地方を統治していた尼子氏の居城、難攻不落の城として大いに有名な「月山富田城」跡のある城下町で「月山」は醸されます。戦国時代にはその年の一番良い出来の日本酒を「月山」と名付けて一番樽として殿様へ献上していたという歴史があり、この歴史背景になぞらえて、「殿様」に献上していたような最高の酒を、常に造り続ける」ことを目指して「月山」と命名しました。

日本酒発祥の地“島根県”

島根は大量の銅剣、銅鐸の出土した出雲荒神谷遺跡・加茂岩倉遺跡、朝鮮半島を起源とする四隅突出墳丘墓遺跡の存在など、弥生時代に大きく発展した文化を持っています。お酒についても日本最古の歴史書「古事記」の出雲神話に、素盞鳴尊がヤマタノオロチを退治した「ヤシオリノ酒」が書かれています。出雲に伝わる神話や伝承などが書かれている「出雲国風土記」の一文には、“佐香の河内で神々が集って御厨を建てて、酒を造って酒宴を開いて”と書かれています。それらを示すように出雲大社や須佐神社には、中国東北地方を起源に持つ“糜醴”の酒が祭祀の一夜酒が伝わっています。佐太神社には中国長江を起源にする“醴”の酒が祭祀用として今に伝わっています。中国浙江省より伝わった“灰持酒”は“出雲地伝酒“として発達し、佐香神社に伝わる“濁酒”は奈良天平時代の酒造りと似ていると言われています。

日本一柔らかな水

吉田酒造は「日本一柔らかい水」で月山を醸しています。仕込み水には江戸時代広瀬藩の歴代藩主がこの辺りで一番美味しいと愛飲し、最高の水と言われた名水を使用しています。文献にも残るほどの「地元で一番美味しい水」を酒造りに使用していますが、酒造りをする際にはミネラル分などの高い、硬水の方が酵母菌の繁殖を活発にするとされ硬質の水が向き軟質の水を使用することは通常は酒造りにおいて困難とされていますが、それでもあえて、吉田酒造は超軟水の水を使用し酒造りに取り組んでいます。

理由は昔から日本の天然の水は軟水が多く、日本の風土を考えた結果や日本人の身体はミネラル分の多い硬質よりも軟質の水の方が合っているのではないかと考えたからです。軟水での酒造りは香りや味を引き出すので飲み手に華やかな香りと米本来の旨味を感じてもらいやすい酒質になっています。造り手としては扱いが難しい軟水ですが、飲み手に優しい、想いの込もった酒造りがしたい、地元に在り地元に根ざした酒造りがしたいという熱い想いがあり選んだ水です。

吉田酒造こだわりの仕込み

吉田酒造は精米・麹造り・酒母仕込み・火入れに徹底し、酒造りに取り組んでいます。精米のこだわりは安来市広瀬町西比田の契約農家から玄米の状態で仕入れ、自社の精米機で精米し、雑味を無くすため、米を30%以上は削ります。麹造りに関しては、衛生面など徹底管理された麹部屋の中で蒸米から麹へと変化させ、栗のような香りと甘みを持つ麹へと姿を変えます。酒母仕込みは超軟水を使用し、ミネラルの少ない水を使用することで酵母のペースに合わせて丁寧に仕込みを進めます。「月山」特有の香りと酸の立ったキレのある味わいはこの酵母が要になるためにあえて難しい造りに挑み続けています。火入れについてはタンクに移してから1週間という短期間で65度での火入れを行い即瓶詰めを行い、瓶に貯蔵した状態で保存します。こうすることで、酸化を防ぎ劣化しない造りをすることでフレッシュでフルーティーかつキレのある味わいを造りあげます。

クリアで芳醇な味わい、キレのある辛口“月山”

吉田酒造の代表銘柄“月山”

青色ラベルの“月山芳醇辛口純米”は、「日本酒初心者」の人が飲んでも楽しんでもらえるような辛口純米酒になっています。華やかで透き通るような味わいで米の旨味を最大限に引き出しながらも透明感のある飲み口が「月山」の特徴です。料理としては山陰沖で漁獲されたのどぐろなどに適した日本酒です。緑色ラベルの“月山特別純米”はよりコクを出した味わいであり、華やかなマスカットを連想させる爽やかな香りと、しっかりとした味わいの料理とも相性の良く、米の旨味が詰まった味わいが特徴の日本酒です。赤色ラベルの“月山おろち純米吟醸”は速醸の造りではなく、伝統的な生酛造りを採用し綺麗で味わい深い酒質とより強い酸味とコクを強調した香りのあるスッキリ、きれいな味わいが特徴の日本酒です。

住所:島根県安来市広瀬町広瀬1216

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