雪国の歴史と文化の街「南魚沼市塩沢」で米本来の旨味を引き出す酒を醸す“青木酒造”

都市景観大賞にも選ばれた三国街道宿の道中にある青木酒造

1717年(享保2年)の江戸時代に創業した青木酒造は、新潟県でも有数の老舗酒蔵として300年以上、南魚沼の地で極上の日本酒を醸し続けています。戦国武将である直江兼続や上杉景勝の出身地としても有名な新潟県南魚沼市は、日本一のコシヒカリの産地としても有名です。

青木酒造の売店(店内では子供にも人気の鶴齢サイダーも販売している)

日本百名山に名を連ねている巻機山を臨み、魚野川と登川の清流が流れる自然豊かなこの地では、四季折々の自然景観も楽しむことが出来ます。県内外からの観光客も多く訪れる自然あふれる南魚沼の地で、青木酒造は現在、3500石もの日本酒を製造しています。

魚沼の雪深い気候を活かした青木酒造の酒造り

青木酒造では毎年、8月末から酒造りを始めており、酒造りに必要な機械や酒質を向上させる機器を駆使しながら、人がコントロールしなくてはいけない、コントロールするべきところを分けて、あくまで手造りの酒造りにこだわりを置き、魚沼の気候を表現した、日本酒を醸しています。そんな青木酒造の日本酒は毎年雪かきの作業で疲労した体を癒してくれるような味わい深い日本酒として、魚沼の人々に古くから愛されています。

そんな青木酒造が酒造りにおいて大切にしているのは、「和合」というポリシーだといいます。これは杜氏や蔵人、お米の栽培農家といった「造り手」と、お酒を販売するお店や飲食店などといった「売り手」、実際にお酒を飲む「呑み手」が和合することがあってこその酒造りだという考えから生まれているそうです。

“新潟の銘醸蔵”青木酒造の歴史

青木酒造営業部 田村佑介氏 
青木酒造では、ほとんどの従業員が酒造りを経験することでより深く広く、
青木酒造の日本酒の魅力を発信できるようなチーム作りを行っている。

南魚沼市で酒造りを始めたきっかけは、南魚沼市の南に位置する石打地区に在住していた小野塚家次男”源左衛門”が現在の塩沢の地で姓を青木と名乗り、屋号を平野屋として酒造りを始めたことが青木酒造の長い歴史のはじまりです。

青木酒造には「北摂雪譜」の全7巻が大切に保管されている。

青木酒造の代表銘柄である”鶴齢”の名前の由来は、越後魚沼で過ごした雪国の生活を描いた「北雪雪譜」の著者鈴木牧之によって命名されました。当時の江戸時代の人々を夢中にさせた「北雪雪譜」は、牧之自身が本の出版までに30年の歳月をかけた末に生まれた力作として、貸本屋の中でもベストセラーとして世に伝わりました。

銘酒「雪男」を醸すきっかけにもなった「北雪雪譜」の作中に出てくる“雪男”と“旅人”。
山の中で遭難した旅人を雪男が荷物を持ち去り追いかけさせたことで、道案内をし旅人を助けたという話が描かれている。

また、鈴木牧之と青木酒造6代目蔵元の親交関係もあり、鈴木牧之の次男鈴木弥八が7代目蔵元として青木酒造(当時は平野屋)を継いだ歴史が残っています。現在では青木酒造の発展に大きく貢献した鈴木牧之に敬意を払い、”牧之 大吟醸”を年に一度、秋限定で醸しています。毎年鑑評会にも出品し多くの飲み手を感嘆させる高いクオリティーを持つ「牧之 大吟醸」は、厳寒の酒蔵で巻機山の地下水と兵庫県特A地区の酒米”山田錦”、越後杜氏の技法を駆使した力作であり、鈴木牧之への敬意を込めた一本でもあります。

雪国の環境を活かした貯蔵を目指し建設された「鶴齢の雪室」

無駄のない構造が特徴の雪室概要図

青木酒造が創業300年を経て、南魚沼市の環境を活かした貯蔵方法を確立したいとの強い思いから建設された鶴齢の雪室は、雪の冷気を利用した5℃の冷蔵倉庫や、電気の消費量を抑えた省エネ型の-5℃の冷凍倉庫から、澄み切った巻機山の地下水と雪の冷風を組み合わせた自然冷蔵倉庫の3つの異なる貯蔵環境を駆使し、全国に出荷しても品質を損なわない品質管理を徹底してるのが特徴です。溶けた澄んだ良質な雪解け水が蔵の隣にある鶴齢の原料米を育てる田圃へと流れる仕組みになっているのも雪国ならではの素晴らしい取り組みです。

毎年春の季節に入れられる巨大な雪。
2階建ての鉄骨造りの天井と壁が特徴の雪貯蔵庫は、床面積は約990平方メートルもあるそう。

ちなみに貯蔵庫全体で最大18万リットル(一升瓶で10万本)もの貯蔵ができるそうです。また、雪国ということもあり、毎年雪室の敷地と周辺の雪をブルトーザー・パワーショベル・ダンプカー・ロータリー車を用いて400トン程の雪を貯雪室へと運ぶ作業も行っているそうです。

住所:新潟県南魚沼市塩沢126

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