国内外のビール愛好家たちを熱狂させる「常陸野ビール」を醸造している“木内酒造”

多彩な自然や民俗文化、豊富なレジャースポットや名産品が有名な那珂市

静峰ふるさと公園の八重桜

静峰ふるさと公園では12haの広大な園内に、約2,000本の八重桜が植えられており、春になると満開を迎えた花の景色は壮観が広がっています。満開時に合わせて桜や灯ろうのライトアップも行われ、幻想的な雰囲気を味わうことができる、「八重桜まつり」は「日本さくら名所100選」にも選ばれています。

家族連れや写真愛好家たちで賑わうことも多いとのこと。

また毎年夏には「なかひまわりフェスティバル」が行われ、約4haの畑には25万本のひまわりが咲くひまわり畑を鑑賞できます。

約30分間打ち上げられる花火は多くの観光客を魅了しています。

また夜には露店も出店し、花火が打ち上げられるなど、年に一度の祭典を大いに盛り上げてくれます。

菅谷まつりは那珂市菅谷地区にある神社、鹿島神社が遷宮された1857年から行われています。現在は3年に1度の8月15日に行われ、「菅谷のちょうちん祭」や「大助まつり」の名称でも親しまれています。

夜更けが近づく頃には「七つぼんぼり」と呼ばれる提灯が灯され、祭りを大いに盛り上げます。

数百もの提灯をぶら下げた各地区9台の山車の繰り込みや、ご神刀による火切り神事などが最大の見どころとなっています。

天狗面や錦旗など総勢100人による神幸祭巡行や、鹿島神と八幡神の2基の神輿巡行が行われます。

額田まつりは、額田神社の祭礼として3年に1度行われている伝統の祭りです。 
彫刻造りの華麗な山車と勇壮な太鼓ばやしの共演が見所となっています。祭りを彩る額田神社の神輿が飄睦会の若衆にかつがれ、祭りを最高に盛り上げます。

やわらかな食感と、小金色に輝く美しい色合いが特徴です。

干し芋全体の生産量の大多数を生産している那珂市は、火山灰由来の水はけの良い土壌やミネラルを含んだ潮風、冬季の長い晴天など、さつま芋を栽培するのに恵まれた環境にあります。質の高さにもこだわり、「蒸す」「切る」「乾燥させる」という工程一つひとつを徹底的にこだわり抜いています。材料も原料であるさつまいものみしか使用せず、砂糖や添加物を一切加えない自然の甘みが楽しめる干し芋となっています。

ホクホクとした食感と完熟した甘味が特徴です。

茨城県は、かぼちゃの出荷量は全国3位で県内でも様々なかぼちゃがあります。 その中でも注目株なのがこの“那珂かぼちゃ”です。那珂市は、那珂川と久慈川の二つの川に挟まれ地力に恵まれ多くの農作物が栽培されています。その恵まれた土地と那珂かぼちゃとしての独自の栽培方法で生育された那珂かぼちゃの特徴は、栗のようなホクホクとした食感と完熟された甘味です。かぼちゃに貼られている金色のシールが那珂市ブランド「那珂かぼちゃ」の証です。

「世界一のビール」とも評されるビール“常陸野ネストビール”誕生の歴史

木内酒造がビールの製造免許を取得したのは1996年のことです。製造免許を取得してからはカナダから醸造機械を購入し、蔵の一部を改造し、ビール工場内にタンクや機械などを設置してビール醸造を開始しました。当初は海外製の機械だったこともあり、ホースのコネクタが日本のものと合わなかったり、機械の概要も英語のマニュアルという点など、頭を悩ませたそうです。

しかし、「海外に通用するビールを作る!」という強い思いで製造に取り組んだことで、常陸野ネストビールは、1997年の国際ビール大賞での金賞受賞を皮切りに、国内外で数多くの受賞歴を重ねることになりました。

現在、常陸野ビールは約5割が海外に輸出されています。クラフトビールを醸造する製造元も日本国内で増えている中で、これだけ海外諸国に輸出されるほど支持されているのには理由があります。

それは海外のビール愛好家が求めるドイツ風”や“イギリス風”ではなく、”日本独自のビール”を醸すことに尽力し、「日本らしいビールが飲みたい」というニーズに確実に応えてきたからです。

その証拠に日本最古のビール麦を原料として使用した「ニッポニア」を2010年に開発しました。約40年前はビール麦の生産量が全国一だった茨城県をもう一度ビールの名勝地にしたいという思いから、かつて明治33年に日本で開発し育種されていた幻の麦“金子ゴールデンを栽培復活させ、同じく育種されていたソラチナエースというホップを使用しています。この二つの日本オリジナルの原料から醸造した黄金色の輝きを持つビール「ニッポニア」は、しっかりとした柑橘フレーバーと深い味わいをお楽しみいただけます。

新しいビールカルチャーを発信する場所“常陸野ブルーイング”と“常陸野ブルーイングラボ”

ビールを通じて人々の毎日を活気づけ、愉しみを創出し深められる場を創造する場を提供する“常陸野ブルーイングラボ”や、「常陸野ネストビール」のビアカフェ“常陸野ブルーイング”など、都心で多種類の常陸野ネストビールを楽しむことができます。“常陸野ブルーイングラボ”では、茨城県産の肉厚な焼き鯖と新鮮な野菜を使用した「サバサンド」を始めとするB級グルメや、毎日茨城の工場から直送されるフレッシュな樽生ビールを常時9種類ほど提供しており、直営店ならではの限定ビールやレアなボトルビールなど、約20種類の常陸野ネストビールをお楽しみいただけます。また、「常陸野の風土を味わう」をコンセプトにした“常陸野ブルーイング”では、つくば鶏や美明豚などの茨城の滋味に富む食事や、独特の酸味とフレッシュさが特徴の自家製フグレンコーヒーや自家製ジュースなどをいただけます。

関東でも屈指の梅の名産地茨城県の梅にこだわって誕生した「木内梅酒」

木内酒造の杜氏である矢代健一郎がこだわりを持って醸されている「木内梅酒」は、茨城県産のある梅農家さんが「これで茨城の梅の魅力を感じれるような梅酒を醸してほしい」と木内酒造に直接訪問してきたことがきっかけで誕生しました。甲類焼酎(ホワイトリカー)で醸されることが多い梅酒を、ビールのもろみを絞った後に残る残滓酵母を使用して、低温減圧蒸留に醸したビールスピリッツ「木内の雫」によって梅酒を醸しています。加えて3年間オーク樽熟成させているこのビールスピリッツに、梅農家直送の白加賀梅を使用したことにより、ハーブとホップの芳ばしい香りと、肉厚でさらっとした甘さの白加賀梅の味わいとなっています。矢代杜氏がこだわりを持って醸した「木内梅酒」は、大阪天満宮・本宮にて開催される「てんま天神梅祭り」では、毎年160蔵が参加する梅酒のコンテストにて、上位12蔵に選出されたこともあります。

常陸野の米と水で日本酒を醸す“木内酒造”

木内酒造の景観(正面)

木内酒造は、1823年に常陸の国那珂郡鴻巣村の庄屋であった木内儀兵衛が創業しました。当時、木内家は地の庄屋として周辺の農家の米を年貢米として水戸藩へ上納していました。当時は余った年貢米を蔵に保存しておくことが多い中で、儀兵衛は酒に加工し販売することを考え、交流のあった会津商人より酒造りの道具を買い入れ酒造りを始めました。 当時1年間に使用した米は、年間で白米20石で生産量にして4000リットルの酒を製造していました。

尊王派のししたち

当時は江戸幕末の新しい思想、改革の時代で水戸は尊王攘夷思想を持つ志士が多くいました。藤田東湖を始めとする当時の水戸学を支えた志士達と親交が深かった儀兵衛は尊王派の彼達を支援すべく酒の名を「菊盛」と命名しました。

それから100年以上が経ち、終戦後の1950年に前社長木内造酒夫が木内酒造の跡取りとして家業を継承しました。この当時は物資不足が目立った時代でもあったため、醸造した酒は右から左に飛ぶように売れました。この時期に本来米から醸造される清酒にアルコールや砂糖を加える三倍増醸が発明され、 コストの安い酒が大量に造られるようになりました。しかし木内酒造はこの当時から品質にこだわり、アルコールなどを添加せず昔ながらの純米酒造りを心掛けていました。

水ではなく日本酒でそばを打つお店「な嘉屋」

「金子ゴールデン」を育種している土壌では常陸秋蕎麦を栽培しています。ビール麦の栽培により痩せた土でも蕎麦はしっかり育ちます。 蕎麦と酒の店「な嘉屋」は、ビール造りの流れの中で誕生しました。収穫した蕎麦は、十割の蕎麦として、 常陸野の旬の野菜をつかった料理とともに提供。酒の愉しみかたを提案する、木内酒造の一号店です。
この「な嘉屋」は、木内酒造の創業当時の屋号・那嘉屋からその名をとっています。

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