


「越山若水」とは、「越前」の緑豊かな山々と「若狭」の清らかな水から成る福井の地域を表現した言葉である。福井県福井市御幸町、かつて越前国と呼ばれた緑豊かな山々に囲まれた足羽川沿いに常山酒造はある。創業1804年の老舗酒蔵は福井の御用商人の両替商を経て酒造業を起こした。

現蔵元の曾祖父の世代には1945年の福井空襲や1948年の福井震災を経験。常山酒造は2度の危機的状況を乗り越え、今も築75年が経過した酒蔵を仕込み蔵として大切に引き継がれており、2階は蔵の世界観を発信するような空間にリノベーションされている。常山酒造の理念は、人が感動する酒を追い求め、福井の地の蔵として風土を誇れる酒造りを継承することだ。また、福井県は美しい海も山もあり、食材の宝庫と言われている。

そして、北陸新幹線が開業したことを機に、今後はより多くの観光客が福井を訪ねてくることが予想される。実際に機運が高まったことで、日本の有名なダンス&ボーカルグループと常山酒造がコラボレーションし、開業記念酒も販売した。

2017年には、これから更に福井の「食・酒・文化」が注目されることを予め見越し、築70年を経過する老朽化した酒蔵を、おもてなしができる福井の魅力を発信する酒蔵へと大規模な改装を行った。

洗練された空間のなかで「僕たちはローカルを意識して、地域や農家と連携しながら常山を育てていきたい」と話すのは、2022年に9代目蔵元に就任した常山晋平氏だ。7代目蔵元の父が「羽二重正宗」という地元を中心に流通させていた日本酒から、1997年には県内外に幅広く常山酒造の魅力を発信できたらと「常山」を立ち上げたのだが、道半ばで急逝。ちなみに「じょうざん」という濁点をつけた読み方は蔵元として、銘酒として、その名が轟くようにという願いが込められているそうだ。2004年に父親を亡くしてからは、日本酒業界のことを詳しく知らなかった母親が引き継ぎ、大手酒造メーカーで営業職に就いていた息子が蔵に戻ってくるまで孤軍奮闘で酒蔵を守ってきた。

そして、常山晋平氏が東京から戻ってきてからは、母と子の二人三脚で市場に評価される酒を模索。父親が残した銘柄「常山」といえば、福井の豊かな海と山の幸との相性を考えた辛口の酒だ。杜氏と一緒に酒造りを行うなかで「自分の思い描くような酒を造りたい」という気持ちも次第に強くなり、この頃は同世代の蔵元と試飲会などのイベントで会うと、同世代が蔵元杜氏として既に活躍する姿も見せ始めていたため、はやく自分も杜氏として先導を切って酒造りを行う必要があるという危機感も芽生えていたそうだ。それから、ちょうど30歳を迎える節目の時期と杜氏の定年退職が重なったことで杜氏に就任した。

9代目の常山晋平氏が杜氏に就任したことで、酒造りも経営面でも酒蔵の改革は徐々に進んでいく。手探り状態のなか、特約店銘柄としてバラバラになってしまっていた販路の確保や整理、醸造法の確立、蔵人たちの雇用形態、情報発信など、「推進力」という言葉を胸に秘めて実行に移していった。その結果、常山酒造で一緒に働きたいという志を持った蔵人も次第に増えていき、女性蔵人や異国の地から訪ねてくるほど日本酒を愛してやまない外国人の蔵人も入社した。現在も若い蔵人が中心となりながら、常山酒造の酒造りを支えている。また、造り手のモチベーション向上や日本の伝統文化の魅力を感じとってもらえるような雰囲気にしていくことで、今後の日本酒業界にとって必要なことであると考えている。そこで常山酒造では雇用形態や休暇制度の見直しも行ってきた。「自分も蔵人も外の景色を見ることで、新たなインスピレーションを得ることができる」という考えから「30代は猪突猛進で駆け抜けてきたので、40代は余裕を持って抜け感も大切にしながら、和醸良酒の精神で酒造りを行なっていきたい」と話す。

また、酒造りに関してもハイテクとアナログを上手に組み合わせて、蔵人の省力化と人にしかできない感覚の部分を酒造りに活かすことを重視する。現在は500石ほどの製造量を5人で造り、芳醇な米の余韻を感じる「淡麗芳醇」の酒を追求する。「最近はマニアの人で辛口の酒に対して否定的な意見を持っている人もいるようだが、常山酒造は自分たちらしさを忘れることなく、先代から続けてきた自分たちのスタイルを確立したい。」と意気込みを語る。そして、辛口な味わいに仕上げることで、福井の食材をより引き立ててくれる「常山」は、美しい福井の風土を表現することを目的に福井県の酒米「さかほまれ」や白山水系を水源としたミネラルが豊富に含まれた水、「福井酵母(FK5酵母)」や「自社酵母J9」という今は亡き父が生前、大切に使っていた酵母を自身が思い描く酒のテイストに応じて使い分けることで、常山酒造が目指している地域を表現する酒を造る。

常山晋平氏は「自社酵母J9は酒に色気を出したいときに使うと、絶妙なバランスで華やかな香りと酸を演出してくれる」と言い、「ただ、僕はあまり派手過ぎる酒が好きではないので、添加のタイミングと見極めが重要」だということも強調する。昨年の「令和5酒造年度 全国新酒鑑評会」では「YK35」で出品するのが一般的ななか、福井県の酒米「さかほまれ」と「福井酵母(FK5酵母)」「自社酵母J9」の掛け合わせで金賞受賞という快挙を果たした。そして目指す酒は、あくまでも福井の風土を忠実に表現した丁寧な酒。常山酒造は、まさに職人たちが愛する酒なのだ。
文:宍戸涼太郎
写真:石井叡
編集:宍戸涼太郎

