山梨県北杜市で「七賢」を醸す、山梨銘醸株式会社。創業は1750年で初代蔵元、中屋伊兵衛が白州の水に惚れ込み、甲斐駒ヶ岳の麓、甲州台ヶ原の地で酒造業を始めた。白州の水を体現する酒を目指す、「七賢」は5代目蔵元、北原伊兵衛延重が母屋の改築の際に、御用を務めていた高遠城主内藤駿河守から、竣工祝に「竹林の七賢人」の欄間一対を頂戴したことに由来する。「竹林の七賢人」は3世紀の中国三国魏末に、酒を飲みながら議論を重ねていた七人の称で、愉快に生きる思想の象徴的存在とされている。

現在、自由な発想と緻密な醸造設計で山梨銘醸を醸造責任者として支えているのが北原亮庫氏だ。蔵は方針転換により、2014年からは今までの杜氏制を廃止し、醸造責任者として蔵元自らで指揮を執る形式に舵を切った。そこで醸造責任者として抜擢されたのが北原氏だった。精悍な顔立ちと坊主頭。若くして、3300石の醸造を指揮する立場の男はどのような人物なのか。醸造責任者に就任するまでの経歴について振り返る。1984年生まれの38歳、蔵元の次男として山梨県北杜市に生まれる。幼少期はボールを夢中になって追いかけるサッカー少年だった。当時、両親から蔵を継げと言われたことはなく、プロサッカー選手になることだけを夢見ていたそうだ。高校時代は韮崎高校サッカー部に所属。インターハイでベスト16という輝かしい成績を残した。しかし、「上には上がいる」との限界を感じて、サッカー推薦の道での大学進学をせず、プロサッカー選手になるという夢を諦めた。大学は発酵や醸造が身近な存在だったという理由で東京農業大学醸造学科に進学した。今まで蔵を継いでほしいとは親に一度たりとも言われたことはなかったが、20歳の頃に突然、蔵元である父親から「ものづくりの分野を任せたいから蔵に帰ってきてほしい」との連絡を受け、悩んだ末に醸造家になると決心した。北原氏はサッカーという勝負の世界に身を置いていたこともあり、生ぬるい雰囲気が嫌いで「やるなら絶対にこの業界で上に行ってやる!」と心に誓ったそうだ。それからは醸造学を熱心に学び、卒業後は兄が勤めていたアメリカにある日系の販売代理店で半年間働いた。理由は、海外で「七賢」がどのように評価されているかなどの客観的評価を見聞きする狙いがあったそうだ。その後、醸造技術を磨くため、岡山県真庭市の辻本店で3年間、研鑽を積んだ。辻本店はこの頃、杜氏が急逝した影響もあり、蔵として若返りを図る転換期で、「自分たちでなんとかしよう!」という雰囲気が自身の主体性を高めることにも繋がったと当時を振り返る。そして、山梨銘醸の蔵人になったのは25歳の頃で、醸造責任者に就任してからは「SAKE COMPETITION 2017」で見事1位に輝き、最も優秀な成績を残した35歳以下の杜氏に贈られる「ダイナーズクラブ若手激励賞」など様々な賞を獲得してきた。

高品質で安定的な醸造を目指すべく、醸造設備を最新機種に更新し、ラベルデザインや商品ラインナップを一新した。全ては「七賢」を次の世代へ繋いでいくために。また、新たな可能性を追求するために壜内二次発酵スパークリング日本酒を5年の歳月をかけて開発した。スパークリング日本酒を事業の核にすることこそが、日本酒を普及させることにも貢献できると考えている。現在、国税庁から発表されるアルコール飲料の主要品目別消費数量の構成比では清酒は全体の4.8%に留まっており、全国の酒蔵は小さな市場を奪い合っていることで業界全体を衰退させていると推察した。企業戦略として炭酸ガスが含まれているアルコール飲料の消費割合は60%を超えているという数字にも着目し、キーワードとして国際化と高付加価値化を挙げた。そこから、スパークリング日本酒を軸として新たな市場の開拓を決め、緻密なブランド戦略を練った。そして、白州の地に蔵が所在するという強みを活かし、白州の水を体現できる酒を目指し、「七賢」を醸している。

日本酒の原料は約7割が水。水が酒の味を決めるといっても過言ではない。井戸水が飲める国は世界でも極めて稀で、そして山梨県はミネラルウォーターの生産量が全国1位である。これは日本全体の約4割の生産量を誇る。世界に誇れる白州の水を、醸造を通して世界に発信したい。だからこそ、白州の水を活かすために醸造工程や米、酵母菌、麹菌などの選定を行う。太陽系に例えると、太陽が水で、その周りの惑星が米や菌などの他の要素。水を中心として他の要素が周りを周遊しているイメージだ。そこに醸造家としてのエゴはなく、水を表現するための最適解を探す。自分たちの土地に自信があるからこそ、自分たちの強みを理解し、「七賢」を醸していきたいと語る。かつて、蔵に戻ってきた時に取引先の酒販店から新ブランドのリリースを提案されたが断ったそうだ。それは、病める時も健やかな時も「七賢」と共に歩んできた蔵の歴史を誇りに想い、銘柄と向き合っていくことこそが蔵を背負っていく覚悟の表れだと考えたからだ。その覚悟こそが、「七賢」にとっての強みとなり、世界に羽ばたいていく銘柄として確実に飛躍していくだろう。世界のレストランで提供される「SPARKLING SAKE」として、食との最高のマリアージュを約束してくれる。

文:宍戸涼太郎

写真:石井叡