一般的な酒造りでは酒米を使用するのだが、酒米を使わずに全量飯米で酒造りを行う珍しい酒蔵が近畿地方の最北端にあります。京都府京丹後市に蔵を構える白杉酒造は2015年に全量飯米に切り替えました。全量飯米に切り替える前は、京都の酒米品種である「祝」について、地元京丹後のものを使いたいと考えていましたが、当時は特定の産地の「祝」を手に入れることはできず、京都府下で収穫された「祝」は全て全農に納品され、混ぜられた状態でしか手に入れることができませんでした。そのことから、今後は京都府産の「祝」にこだわって酒を造っていきたいのか、それとも京丹後市の信頼する農家の米で酒造りを行っていきたいのか、方針について真剣に考えたそうです。その結果、自分が食べて美味しいと感じた信頼する農家の米で酒を造ることを決意したそうです。
白杉酒造の正確な創業時期は不明ですが、蔵に飾られている古文録によると安永6年(1777年)に増石が許可されていたそうです。それ以前の記録は残されていないため、この年を創業年としているそうです。恐らくは、大地主として田圃を所有している庄屋であったらしく、その年貢などの余剰米で酒造りを始めたといわれています。そして、現在の丹後地域は「コシヒカリ」の産地として名を馳せています。
また、超軟水で酒造りを行っており、京丹後の水は柔らかさもあって、口当たりが良いのも特徴的です。ちなみに、白杉酒造の仕込水は硬度10/㎎の軟水で米ごとの違いを引き出しやすいといわれています。原料米には「コシヒカリ」のほかに「ササニシキ」も使用しているので、違いが表現しやすくなっています。この地の水が強みとなっていることは間違いなさそうです。京丹後地域にはカルシウムやマグネシウムを多量に含んだ高山はなく、年間の降雨量が多いことからも、山に降り注いだ雨は直ぐにミネラルの少ない水になります。
近年、白杉酒造で醸される日本酒は若者を中心に人気を博しています。そして、ユニークなデザインとボトルネックの瓶、甘酸っぱくて果実味がある味わいの酒質は洋酒のような印象を与えます。飯米での酒造りは酒米での酒造りと比較すると、酸が出やすいという特徴があります。その酸を活かしながら綺麗な酸を感じられる酒に仕上げることで、飲みやすさを追求しているそうです。酸っぱくて飲みにくいという印象を与えないように工夫を施しており、切れ味の良い酒でありながらミネラル感のある酸を意識して日本酒を醸しているそうです。また、酵母は京都酵母の他にも、協会6号酵母や7号酵母、9号酵母、10号酵母、77号酵母を使用して酒造りを行っています。そして、麹には黄麹の他に、白麹や黒麹も使用して酒造りを行うことで、味わいの表現の幅を広げていきたいと考えているそうです。一般的に日本酒の造り手は米の品種の違いを表現することや日本料理の影響を受けて、いかに要素をそぎ落としていくかを考える場合が多いです。「日本料理は引き算の料理で、西洋料理は足し算の料理」といわれることがありますが、白杉酒造の酒造りでは基本、発想に合わせて様々な要素を組み合わせていくことを大切にしています。
11代目蔵元・白杉悟氏は、この蔵で生まれ育った訳ではなく、父親の兄が先代の社長として酒蔵を経営していました。この蔵には小学生の頃、夏休みに遊びに行かせてもらう程度でしたが、京丹後の豊かな自然と暮らしに強い憧れがあり、大学卒業後に白杉酒造に入社しました。しかし、当時の白杉酒造は京丹後市内にしか販路はない状況で、年間製造量100石程度の小さな酒蔵でした。その頃は普通酒が7割程度を占めており、薄利で経営が圧迫していたそうです。製造量も年々減少している状況で厳しい経営状況を社員として目の当たりにして、将来に強い不安を感じていました。どうしたら良いのかも分からない状況で、白杉悟氏が11代目に就任する2007年頃には年間製造量が50石にまで低下していました。28歳で家業を継いで蔵元杜氏になって、最初は前杜氏の酒造りを再現していましたが、このまま同じ味わいの酒を造っていても未来はないと感じ、飯米での酒造りに切り替えて方向転換を図ったそうです。方向転換のきっかけは京丹後に来たばかりの頃に炊き立てのコシヒカリを食べた経験があり、こんなにも美味しいご飯を丹後の人は日常的に食べていることに感動したからだそうです。そして、こんなにも美味しいご飯があるからこそ、美味しい日本酒が醸せているのだと思ったそうです。しかし、酒蔵は一般的には酒米で酒造りをしている蔵が多く、どうにか美味しい飯米で日本酒が造れないかを考えていました。そのほうが、飲み手の方にも米を身近に感じてもらうことが出来て、より食卓でも選ばれる酒になるのではないかと想像を膨らませていたそうです。蔵を継いだばかりの頃は妻と2人で酒造りを行っておりましたが、現在は3人の蔵人も加わって製造石数も240石まで成長させました。
最近は蔵の直営店をリニューアルさせたり、新しい銘柄をリリースしたりと挑戦を続けています。京都や東京の酒販店では品薄状態の商品も出てきており、更なる増石も予定しているそうです。蔵からは嬉しい悲鳴があがり、今年からは冷蔵倉庫を新設する計画もあるようです。全ては、丹精込めて醸した酒をより良い状態で保管し、より良い状態で飲み手に注げるようにするために。そして、これからも日本人の主食である「米」を食べたときに感じる幸福感のある酒を目指し、炊き立ての白米のような料理に寄り添う落ち着く酒を白杉酒造は醸していく。
文:宍戸涼太郎
写真:石井叡
編集:宍戸涼太郎