石川県白山市で「手取川」を醸す、吉田酒造店は1870年から続く老舗蔵だ。石川、福井、岐阜、富山の4県にまたがる大山・霊峰白山の麓に位置し、見渡す限り田んぼが続くのどかな手取川扇状地に蔵はある。戦国時代には上杉謙信と織田軍が1577年に加賀国の手取川において争った「手取川の戦い」の舞台としても知られている。吉田酒造店の銘柄である「手取川」の由来は初代が霊峰白山の恩恵に感謝し、銘柄の名を「手取川」とした。かつて、その急流から「暴れ川」の異名を持ち、人と人とが手と手を取り合い川を渡ったことから「手取川」と名付けられたとされる。そんな自然豊かな土地で醸される「手取川」は百年もの年月をかけて地下を通り、適度にミネラルを含んだ白山百名水を蔵の仕込み水に用いている。蔵にまで流れる透き通った水、加賀百万石と称される米、寒冷な気候に恵まれた地域で伝統と革新のバランスを守りながら、7代目蔵元の吉田泰之氏が中心となり、尊敬する師から教わった「和醸良酒」の精神で、酒米、水、環境を守り持続可能な醸造を追求している。蔵として、田を守り、農を支え、水を守ることが地酒本来の姿であると心に刻み、地域の酒米、白山百年水、自社培養の金沢酵母を使用した酒造りを軸となるコンセプトに据えている。

また、醸造の技法についても乳酸菌を活用する山廃仕込を核に据えている。山廃仕込は能登杜氏が得意とする技法で石川の誇りでもある。石川の蔵として能登杜氏の技を継承するために、アルコール度数、温度管理を徹底するなどの工夫を施し、飲み手に現代的な印象を与えるような、新たな山廃仕込にも挑戦している。代々、伝承されてきた巧みな技術と知識を重んじながらも、少しずつ変化させていくと覚悟を決め、決意の銘柄として誕生した「吉田蔵u」。2021年11月にデビューして以来、自然を愛し、革新を重ねていく銘柄として、本質的な地酒とは何かを常に念頭におき、挑戦を続ける。「吉田蔵u」は発売以来、多くの人を魅了し続けている注目の銘柄なのだ。最大の魅力は米と水と酵母のみで醸した山廃仕込であること。そして、酸味と旨みの調和がとれていること。銘柄名に採用されている「u」は「優しい」の優、「あなた」へのYouを表現しているそうだ。繊細で技術力が問われる石川県の酒米「石川門」と2020年にデビューした石川県の酒米「百万石乃白」の2つの品種を原料米に使っている。食事や会話、日々のシーンを豊かにする1本になるようにとの願いが込められており、作り手、飲み手、共に単に味わいの良し悪しだけでなく、日本酒の在り方について、もう一度、真剣に考え直す機会を与えてくれる特別な銘柄なのだ。

文:宍戸涼太郎

写真:石井叡