自然豊かで酒造りに最適な条件が揃う長野県で、自分にしかできない酒造りを追求する「丸世酒造店」

歴史ある文化財が多く残る長野県中野市

中野市の街並み

志賀高原の深い山合いから流れ出た夜間瀬川のたもとに広がる扇状地に中野市は位置します。夏季や冬季の昼夜の温度差が大きく、長野県の中でも降水量が少なく暮らしやすい風土ですが、北部では降雪量が多く、日本海側に近い内陸性気候の影響もあり、四季の変化には恵まれています。

如法寺 弘法堂

如法寺は真言宗智山派の寺院で鴨が岳山麓の西向き緩斜面、東山公園内に立地しています。この寺院は天長3年(826)に空海(弘法大師)が、真如法親王を派遣し、創立したという伝承があります。後世に荒廃した寺院は1412年(応永19年)に中野城主高梨規政が堂宇を修理し再興したことでも有名です。

如法寺 観音堂

この建物は、入母屋造りという日本建築における代表的な屋根形式であり、法隆寺の建築にも取り入れられています。また桟瓦葺き屋根(平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用した屋根の葺き方)の妻飾りを正面裏面に向けて、正面部の一部が斜面から乗り出す舞台形式の外観が大きな特徴です。

天然記念物である如法寺のイチョウ(かつて樹下に乳の神として鳥居も建てられており、現在は観音像が建てられています。)

形状は桁行5間(屋根の面と面が合わさる棟と平行方向にある)、梁行3間(桁行と直角の方向にある)で、桁行正面2間(お堂の入り口)は吹き放しの外陣となっています。こうすることで参拝者が座る場所を開放的にして、訪問した際に招き入れ易くする効果をもたらす構造となっています。

中野市の記念館”中野陣屋・県庁記念館”

北信地域の大半を領有していた松平忠輝が改易された為、北信地域に初めて幕府領が成立し高井郡中野村に陣屋が置かれました。中野陣屋は長野県内でも江戸時代を通じて長く設置されていた陣屋の1つで、時期によって差はありますが、おおよそ5~6万石の幕府領を支配していました。現在は、江戸期の天領時代と廃藩置県前の府藩県三治制の時期にわずか10か月間設置されていた中野県の歴史を伝える施設となっています。

中野土人形は教訓説話物や風俗物などをモチーフとしたもので、現在の人形型は90種ほどです。

中野土人形は粘土製の雛人形で、その製法は表裏2枚の型枠によく練った粘土を押しつけて型抜きをして、表と裏を合わせて生地を作り、適度に乾燥させてから窯で焼成します。そして素焼きされた生地に伝来の方法で調合された胡粉を塗り布で磨き上げて、泥絵の具で絵付けし、最後に彩色された人形にニスを塗り、髪付けをして仕上げます。

中野市の特産品“中野そば”

信州は「そば切り発祥の地」と伝えられており、長野県が昼夜の寒暖差が大きい為、水はけの良い山地の畑がそばの栽培に適しているとされています。また良質な蕎麦が取れることから”信州そば”としてその名を全国に広めました。中野市のそば“中野そば”は、とてもコシがあり、つるつるした喉越しがあるのが特徴です。その他にも”戸隠そば”や”開田そば”など、蕎麦の名産地・特産地が多く存在し、そば店の数も日本一としても有名です。

伝統の屋号と原料を使い続ける丸瀬酒造店の魅力

丸瀬酒造店の景観

長野駅から長野電鉄で約1時間の長野県中野市で酒を醸す”丸世酒造店”は約140年続く老舗の酒蔵です。明治維新直後で、まだ日本が政権交代により混乱の真っ只中にある明治3年の時代に創業されました。初代関申七郎が「世の中が丸くなりますように」との願いを込めて屋号を「丸世」と名づけ酒造りを始めた、古来からの製法にこだわっています。また戦前までお酒を造るのに使用されたもち米を使用した日本酒を醸しています。

丸瀬酒造店5代目蔵元 関晋司氏

5代目当主の関晋司氏は、畜産大学で養豚などの農業について学んだのち、都内の食品関係の企業で4年半営業の仕事をしていました。しかし営業の仕事を続けていくうちに、世の中のスピードに合わせて商品の魅力を伝えていく仕事よりも、時間をかけてひとつのことに全身全霊で取り組み、魅力のある日本酒を自分で醸したいと思いで始められたそうです。

実家の酒造りに興味を強く抱き始めてからは、2011年に実家である「丸世酒造店」に戻り蔵人として働き始めました。戻った当初は家族経営の小さな酒蔵で4代目当主で父親の関康久氏を中心に150石ほどしか醸しておりませんでした。「自分の力で丸世酒造店の名を多くの人に知ってもらえるような、美味しい日本酒を造りたい!」と強く感じた関氏は酒蔵を継ぐため、蔵に戻り酒造りへの研鑽を重ね、平成27年からは醸造責任者となりました。

現在では、当主の関晋司氏が醸造責任者として1人で酒造りを行い、年間100石(一升瓶換算で1万本)の日本酒を冬季に醸しています。使用しているお米は全量長野県産米を使用して、仕込み水は上水道を浄化してマグネシウム、カルシウムを完全除去した超軟水を使用しており、透明感のある味わいを実現しています。甘酒などの製法にも使われる四段仕込みの中でも、特に稀な「熱掛四段仕込み」の製法を全量使用して、蒸したもち米を熱いままタンクに放り込みます。

麹を作るための盛り箱

もち米の特徴は、一般的に使用される酒造好適米とお米の成分が異なり、従来型の酒造りには不向きともされていますが、もち米を使用すると酒の味にアクセントを付けることが出来ると関氏は話してくれました。

木の甑の水分調整が大事になってきます。

50年以上使用している木の甑(こしき)と和釜(わがま)を今でも大切にメンテナンスをしながら使い続けています。木の甑は余分な水分を吸収してくれるため、蒸上りが良くなること、和釜は蒸気がゆっくり上がってくる為、お米へのダメージも少なく外は硬く、中は柔らかい理想的な蒸米に仕上がるそうです。

「生産者に寄り添った、最良の造り酒屋になりたい」と語る丸世酒造店5代目当主の関晋司氏

酒の生産者だからこそ、米の生産者である農家さんにも敬意を払いたいと語ってくれた関氏。

酒蔵の役割は農家さんが生産してくれた米をより良い形で加工する「加工屋」であることだと、関氏は話してくれました。なぜならば、どんなに質が悪い米でも良質な日本酒に変えられなくては、お米を栽培してもらっている農家さんとも、長く協力していける関係を築いていくことはできないからだといいます。農業は天候や環境に左右されやすく、再現性が難しいからカバーする必要性もあるからだといいます。

環境などの変動によって、たとえ品質が落ちてしまったとされるお米でも、そのお米の良い部分を抽出した日本酒を醸し、多くの飲み手に飲んでもらった結果「美味しい!」という感想が増えてこそ、初めて農家さんに恩返しができると関氏は話してくれました。

これからは農家さんが汗水垂らして栽培してくれた良質なお米の味わいを酒として忠実に再現することを、当然のレベルにしていかなくてはいけないと話してくれました。

鯉の滝登りのように勢いのある日本酒でありたいという想いを込めた「勢正宗」

丸世酒造店の代表銘柄”勢正宗”

丸世酒造店の銘柄「勢正宗」の「勢」とは、鯉の滝登り(登竜門)の様子を表現しており、昔からの伝統製法である「もち米熱掛四段仕込み」を新しい感覚で造り上げ、新たな鯉の誕生と鯉の滝登りのように勢いのある日本酒という想いを込めて、勢正宗「carp」と名付けられています。使用するお米を全量長野県産米にこだわり、酒造好適米ともち米の両方の味わいを活かした、甘口で濃醇な味わいながらも、スッキリとした後味が特徴的な日本酒になっています。

丸世酒造店の当主関晋司氏も加入している、昭和59年生まれの5人が結成した酒蔵ユニット“59醸”とは

左から、東飯田酒造店6代目 飯田淳氏
     西飯田酒造店9代目 飯田一基氏
    角口酒造店6代目 村松裕也氏
   丸世酒造店5代目 関晋司氏
    沓掛酒造18代目 沓掛正敏氏

信州59年醸造会、又の名を「59醸(極上)」は昭和59年度生まれの長野県内の酒蔵の跡取り5人が、同じ時代を生きる仲間であり、ライバルであるからこそ同じ想いを共有し、「この年代だから造れる日本酒を生み出そう」と結成した酒蔵ユニットです。

結成したきっかけは、「みんなで力を合わせて情報を共有することで、もっと多くの人に日本酒の魅力を感じてもらう為に意見交換できる場をつくりたい」と必要性を感じた角口酒造店の村松裕也氏が立ち上げました。

5人の若き蔵元がユニットになって、醸すお酒は一級品です。

長野県で生まれ育った同世代の5人で、極上な日本酒を醸し、極上な日本酒の未来を築いていこう」という共通の想いで、10年間毎年テーマを変えたオリジナル日本酒「59醸酒」のリリースや様々なイベント企画を通して、 伝統ある日本酒文化を次の世代に継承する為の取り組みを行っています。

住所:長野県中野市中央2丁目5-12

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