Q.酒蔵に戻ることを決意したキッカケを教えて下さい

僕の前職は株式会社阪急百貨店で勤務していました。たまたま秋頃に8連休を取得する機会があり、僕は幼い頃からずっと乗り物が趣味だったので、電車に乗って東京モーターショーへ向かいました。その帰り道に東北地方へ行ったことが無かったので、東京駅からの東北行きの寝台列車のチケットを購入しようとしましたが、東北行きの寝台列車の運行が少なくて、結局、関西方面の四国行きのサンライズ瀬戸という寝台列車に乗車しました。寝台列車のサンライズ瀬戸であれば、住んでいた大阪市にも近づけると考え、四国に行ってうどんでも食べてから帰ることにしました。その時、突然、帰り道の列車の中で酒蔵に戻ることを決意しました。なぜ、このタイミングだったかというと、たまたま百貨店の上司が変更になり、奇跡に近い状況で、所属していた小さな部署に新入社員が入社してくることになったからです。今のタイミングなら仕事を引き継げる、今が退職して家業を継ぐには絶好の機会だということにサンライズ瀬戸の車中で気づき、退職を決意しました。4年間勤めさせてもらった阪急百貨店には本当に感謝しています。いつかは家業の酒蔵に戻ることは考えていましたが、当時の僕は自社のお酒は実家に帰って飲むこともありましたが、日本酒に対しての興味がまだまだ薄く、たくさんの種類の日本酒を居酒屋で楽しんだ経験がありませんでした。

Q.もし酒蔵に生まれていなかったらどんな職業に就いていましたか

僕はパイロットになりたかったです。父の影響もあり、幼い頃から乗り物が好きで、車の本なども幼い頃から夢中になって読んでいた記憶があります。奈良県民でしたが、大阪の高校に通学していたこともあり、ヨット部に所属していました。奈良県民としては海でヨットに乗れるだけで、ちょっとウキウキしたんですよ。奈良県民でヨット部っていうサウンドに惹かれて入部しました。楽しい思い出のひとつです。大学時代は航空部に所属していました。そこではグライダーというエンジンのない航空機のパイロットの免許も取得しました。しかし、パイロットになるという夢を選択せずに、伝統的な日本酒業界で仕事をしていますが、パイロットの仕事も日本酒の仕事も共通点があります。目標となるポイントを定め、そこにめがけて、醸造の設計や配合、日本酒を醸すことにおいて重要とされる温度経過を予想し、描くことが出来たら美酒になる。目的地にめがけて飛行する航空機のようです。様々なリスクを想定するということも似ています。日本酒の仕事を取り組むうえでも、様々なリスクを考慮しながら、日々、仕事に取り組んでいます。僕は常に新しい取り組みに挑戦してそうにみえているかもしれませんが「日本清酒発祥の地」奈良の伝統的な側面をきっちりと表現しながら進めています。その感覚は10年以上、油長酒造で働いて培われた大切な感性です。

Q.風の森のブランドコンセプトを教えて下さい

風の森のブランドコンセプトを説明すると、先代が25年前に風の森のブランドを生み出しました。地元に売り先が無かった油長酒造がもう一度、地元の方々に振り向いて欲しいという願いを込めたブランドです。そのためには差別化を図る必要があり、他社がやっていない面白い取り組みの日本酒にする必要がありました。そうした時に、蔵の中でしか飲めない様なしぼりたてのお酒は本能で美味しく、これなら老若男女問わず地元の方々が地酒として楽しんでくれるのではないかと考え、醸したのがスタートです。なので、今もそしてこれからも無濾過無加水の生酒をお客様にお届けし続けていきます。

Q.鷹長のブランドコンセプトを教えて下さい

日本酒は文化的な側面の強いお酒です。鷹長は25年前から奈良県菩提酛による清酒製造研究会(菩提研)が発足して以来、奈良に伝わる菩提酛製法を続けてきたという経緯のある銘柄です。国家が誕生した奈良という土地では奈良時代、都の中で造られていた国立の醸造所や、室町時代には寺院醸造といった歴史があります。これらの技術は時代の流れと共に、消滅してしまいましたが、菩提研の取り組みではこの寺院醸造を復活させ、伝統的な醸造技術をきちんと再現しました。これからも菩提研と共に日本酒の文化的側面をしっかりお伝えしていこうというのが鷹長というブランドのコンセプトです。まさに歴史の深堀りです。

Q.風の森と鷹長のブランドコンセプトの位置付けを教えて下さい

風の森は現代の知見で最も前衛的な日本酒を造っているという点が特徴的です。鷹長は奈良県で日本酒を造っているという地理的要件があるので、奈良に伝わっていた最も古典的な酒造りを鷹長で再現するということを大切にしています。歴史の深堀りと技術の研ぎ澄ましというところで差別化を図っています。進化を担う風の森と、歴史の深堀りをする鷹長という位置づけです。

Q.油長酒造のストロングポイントを教えて下さい

まずは、人に恵まれているという点です。お酒造りをしたいという志を持って蔵に入ってきた社員、逆にそうではない社員も、それぞれが自分の持ち場という所に責任感を持って取り組んでいる結果、油長酒造の取り組みが多方面に展開できていることが強みだと思います。ハード面に関しては、つくる日本酒が無濾過無加水の生酒だけと決まっているので、実際に酒造りをする蔵人たちも働きやすいかとは思います。もうひとつは無濾過無加水の生酒という、火入れと呼ばれる工程をスキップするリスキーな日本酒なので、他の酒蔵は季節限定としてはリリースできるのですが、定番商品として、年間を通じて出荷することは凄くハードルが高いことなのです。しかし、油長酒造はそれを可能にしています。油長酒造の場合は、風の森は無濾過無加水の生酒だけと決定した1998年から、いろいろなハードルを少しずつ越えていく挑戦を継続して積み重ねてきたことで、1年間安定的に蕾のようなキリッとした生酒をお客様に届けることが可能になったことも強みのひとつです。

Q.奈良県の魅力を教えて下さい

奈良に対してのイメージは古い都や大仏を多くの人が真っ先に想像すると思います。大きな大仏や大仏殿が残されており、あれと同規模の建造物が多数あったりというのは、恐らく、かつて奈良という土地が、これから日本の国という形の礎となっていくときに、たくさんの人、その人に付随した知識、多様な文化的な物が集中的に小さいところに集約してきた場所だと認識しており、奈良はいろんなことを生み出してきた場所だと思います。なので、古くて魅力的な場所というよりも、かつての古き時代で何かを生み出した爆発力みたいな点が、僕の奈良に対するイメージなので、やはり現代的にも奈良という土地で新しいものを生み出して爆発出来るのではないかとワクワクしています。今も昔も奈良の土地で生活してきた人は、意外と新しいものを生み出すのが得意な県民なのではないかと考察しています。かつて奈良が発展してきたというのは、地理的な良さもあったとは思いますが、やっぱりそういうDNAが奈良にはかすかに残っているのであれば、奈良で今から革新的なものを造ることが出来るのではないかと思います。奈良は魅力的な土地です。最近、国立の奈良文化財研究所の甕にまつわる専門家が油長酒造にいらっしゃって、平城京で甕の研究を行なっている方と、飛鳥で甕の研究を行なっている方に集まってもらい、甕にまつわる意見交換会をする機会があったのですが、その時に甕に対する知識をたくさん教えてもらいました。伝統も大切にする蔵元として蓄えた知識を活かして、未来を見据えたものづくりに挑戦したいと思いました。

Q.日本酒業界が抱える課題と解決策を教えて下さい

問題点はいくつかあります。1つ目は思い描くファンの構築に苦戦しているということ。様々な種類のアルコール飲料がある中で日本酒というアイテムは選択肢の一つではあるのですが、全体の消費量から考えると日本酒の飲酒量は統計的には減っています。全体が減っていくのは年齢がある一定以上のお客様の中で日本酒飲酒量が多いので、それは必然ではあるので諦めがつきます。しかし、これから私が日本酒を楽しんでいただきたいと思っている層、例えば、日々の生活の中で食べたことや飲む体験を楽しんでおられる層、また、モノへのこだわりが強く一つのものに探求心を持っておられるような趣味人層、など感性や感度の高いお客様層からの強いご支持をいただけているかと考えるとそこもまだまだです。このような層にもっとお酒を浸透させていくためにはそして、日本酒を愛していただけるファンをしっかり構築していくためには今まで以上に、私たちが造ったお酒をどんな方に飲んでいただきたいのかというイメージと、そのためにどこにお酒を販売すればそのようなお客様にお届けできるのかといったことを考える必要があると思っています。日本酒のブームや焼酎のブーム、ハイボールのブームなど、一過性の需要に対してお酒をお届けしていくことで、一過性の利を生むことはできますが、持続性の高い需要を得ようとすると、お酒そのものの味わいのみならず、造り手の考え、そのお酒が造られている土地の事、お酒が持つ歴史のことなど、お酒の背景に実は存在する部分を、明確なメッセージでお客様にきっちりと訴求していく必要があります。まずは酒蔵がその伝えたいメッセージの中身を整理精査すること、そしてそのメッセージを全てのお酒に反映させていくこと、その上でそれをどのように伝えていけば、私たちがお酒を楽しんでいただきたい層にお届けできるのか、ということを何度も精査を繰り返し粘り強く取り組んでいく必要があります。自分たちがお届けしたいお客様層へめがけて、コラボ商品やイベントを企画したり、お届けしたいお客様層が主催されているイベントに参加するなど積極的な行動が必要になるでしょう。高品質なお酒を広く様々なところへ流通させていくということは、規模の拡大を考える酒蔵ならば可能かもしれませんが、蔵主が酒造りの直接の担い手として自身の思う酒造りを進めることができる酒蔵でありたいと考える規模感の酒蔵にとっては、例え量は見込めなくても自分たちがお酒を届けたい層へ目がけて、そこへたくさんのメッセージを伝えて、ファンをたくさん作ることが大切なことかと思います。2つ目は持続的な経営を可能にするためのチームづくり。日本酒の醸造は一人でできるものではなく、一つのチームで取り組んでいきます。そのチームの連携力や探求心、向上心があればあるほど、お酒の品質も向上していくのです。社長一人に夢があって探求心や向上心があっても到達できるレベルは限られており、チーム力の向上こそが一番の力だと考えています。田舎の小さな零細企業が、良い人材を確保し、彼らの成長を担い、彼らの日々のモチベーションを発散できる存在である必要があります。これからの世代を担う意識の高い若者に、都会の大企業ではなく、田舎の零細企業に目を向けてもらえるような魅力ある企業を実現しなければなりません。これに対しての解決策はいま油長酒造も取り組んでいますが、社員一人ひとりが自信を持ったプロフェッショナルになるということ、それに加え、その能力を多方面に引き出し続けることができる環境を整備すること、など、道半ばではありますが、組織の仕組みを最適化することが、美味しいお酒をさらに美味しく、さらに成長が可能な日本酒醸造業につながるのではないかと考えています。

Q.これから挑戦したいと考えている目標について教えて下さい

僕は今、出版に向けて準備を進めている自伝にも書いてあるのですが、僕が本を書いてる途中に3つの問題に取り組む必要があるとアイディアが湧いてきました。1つ目は、地元の農家の取組みのサポートです。農業のほうが酒蔵よりも衰退しつつある産業なのでサポートしていく必要性を感じています。農業が衰退したら私たちも衰退するということなので、地元の里山農業を何とかクローズアップしていきたいです。2020年には「農家酒屋」という農家が酒屋をするというアイディアを共有し、実現しました。農家の収入源を増やし、持続可能な農業を実現されるよう応援していきます。その先の夢ではありますが、いつかは里山に小さな「醸造所」をつくり、そこで農家と醸造家が共にお酒を造れる環境を整備し、里山農業と醸造所の連携による農業の持続性を実現したいと思っています。2つ目は、科学技術というのは、年々新しいことがおきて、進歩を遂げているので、しっかりと「風の森」の醸造に活用していきながら、同じ原料から、もっともっと魅力的な日本酒を醸造していかなければならないと感じています。そこに対して、しっかり設備投資や知識を身に付けるために時間を投資する必要があります。3つ目は、かつて室町時代に最盛期を迎えていた奈良の寺院醸造が現代の酒造りの技術の礎となっています。この寺院醸造というのはキーワード的に世界共通の言葉なので、世界の方々に日本酒がこのような生い立ちで生まれ、その結果、日本ではこれだけ多くの人に親しまれているという事実をお伝えしていきたいです。その為に最も歴史を深堀りした日本酒をかつての仕込み容器、甕仕込みで行い、「新しいブランド」で、しっかりと本質を皆様にお伝えしていく予定です。ものを売るというよりも、ストーリーを伝えるために、ものづくりをしていけるようにならないといけません。僕の挑戦は続いていきます。

文:宍戸涼太郎

写真:石井叡