表情豊かな文化遺産が残る城下町「伏見」で酒を醸す“招徳酒造”

京都を代表する水運の城下町“伏見”

749年に桓武天皇が京に都を移したことで有名な平安時代に山紫水明の地として皇室や貴族の別荘がおかれ、安土桃山時代には豊臣秀吉が伏見城を築城し、一大城下町を形成した深い歴史が残されている魅力ある「伏見区」は、桂川、鴨川、宇治川の3つの川に沿った平野部と桃山丘陵を南端とする東山連峰の山並みから構成されています。

「日本名水百選」にも登録されており”伏水”とも記載されていたほど、質の高い伏流水が流れている伏見区では、桃山丘陵をくぐる清冽な水が、水脈となって地下深くまで流れ、山麓近くで湧き水となり、人々の生活用水だけではなく、酒を醸す際に使用される仕込み水として重要な役割を担ってきました。遡ること862年には、地下水の伝説をもつ、御香宮神社の境内に香り高い清泉が湧きだし、清和天皇から「御香宮」と命名されたことが、起源として社伝にも残されています。

現在では京都市伏見区として広域交通が結節する京都市南部地域の中心に位置し、歴史的な町並みや酒蔵、文化財が共存しています。商売繁盛の神様として信仰を集め、全国の稲荷神社の総本宮である「伏見稲荷大社」を始め、方除けのご利益とされた源氏物語の植物を集めた落水苑が所在する「城南宮」や幕末の革命家である坂本龍馬の定宿で知られる「寺田屋」、豊臣秀吉が築き徳川家康が再建した幻の城「伏見桃山城」など、観光スポットとして多くの観光客を魅力し、毎日、多くの観光客で賑わいをみせています。

純米酒にこだわり、食に馴染むお酒を目指す酒蔵

招德酒造は1645年に洛中にて創業しました。「招德」の酒銘は禅語の「福以徳招」から由来されており、大正時代に酒造りの仕込水の名水地「伏見」に蔵を構え、連綿と品質本位の酒造りを続けてきました。

京都の伝統と文化に育まれ、蔵内の井戸より汲み上げる名水により、まろやかで柔らかな旨みを秘めた味わいが特徴的な日本酒を醸しています。

また、「米と麹と水だけで造る純米酒こそが日本酒本来の姿である」ことを一番にと考えて、いちはやく純米酒の醸造を手がけ、純米酒の復活と普及に大きな貢献をし「純米酒の蔵」として多くの日本酒愛好家から親しまれています。

招德酒造の純米酒製造は漸次増加して、総量の8割超を占めていますが現在では取組みを強化して、良質の原料米を求めることに追求し、地元の生産農家との連携を強め、高品質な契約栽培米での酒造りを大切にしています。

また、酒米の王様である「山田錦」などの米の栽培の重要性を知った上での取り組みの嵯峨越畑の棚田では、一般の会員を募っての地元農家との連携による農業体験会も共催しています。

良質な水と良質な米で醸す酒「花洛」

「花洛 純米祝」は女性が醸していることが伝わるような、まろやかでなめらかな口当たり、どこか品が良く、優しさの感じられる日本酒です。

水は、中硬水でカルシウムなどをバランス良く含んでおり、酒造りにも適しています。また日本酒に使用されている京都産酒造好適米の「祝」は精米が行いやすく、低蛋白質で酒造適性が非常に高い吟醸酒に向いた良質な品種となっています。

京都の口当たりの良い水を使用しているだけに、京都の日本酒らしい仕上がりで、出汁が美味しい京都料理や湯葉、お豆腐とのペアリングは抜群です。

花洛の味わいの特徴は香りはほんのりで、旨味や酸味が調和し、お料理と共に合わせた際には味わいが倍増するような日本酒で「最高の食中酒」を目指して醸していると語ってくれました。

古きを守り、新しきを造る
女性杜氏が目指す最高の食中酒

大塚真帆氏は京都大学在学中に日本酒に深く興味を持ち、京都の酒蔵で蔵人として酒造りに携わりたいと考えて、京都の酒蔵に就職をしたいと熱い想いがあったのですが、当時はまだまだ女性が酒造りに携わっている例は少なく、断られてしまったそうです。

そんな中、京都大学を卒業された招徳酒造の代表を務める木村紫晃氏が引き受けてくれたそうです。現在は女性ならではの酒造りやセンス、感覚が認められて、酒造りの最高責任者である杜氏としての役割の他にも日本酒のラベルなどをデザインするデザイナーとしても活躍されています。

今では招徳酒造には不可欠な唯一無二の存在となり、招徳酒造には居なくてはならない杜氏として活躍されています。

住所:京都府京都市伏見区舞台町16

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