油長酒造は1719年(江戸時代中期)創業の歴史ある老舗蔵で、もともとは製油業を営んでいたことから油長酒造という屋号になったそうだ。そして1998年に奈良県御所市の油長酒造から現在、日本酒ファンから多くの支持を集める「風の森」が誕生した。今に続く生酒ブームの火付け役となった「風の森」は蔵人が搾りたての日本酒をいつも美味しそうにテイスティングする姿を見て、先代が地元である奈良県民に無濾過無加水生酒の魅力を伝えたいとの想いからリリースされた。この時、先代は酒蔵を次の世代に残していくために、自社のオリジナリティを追求していたそうだ。地元で栽培される奈良県の秋津穂を原料に採用したのもこのような想いを大切にしたかったから。そして「風の森」の銘柄名の由来は葛城金剛山麓に位置する風の森峠という地名から命名されたそうで、峠には常に心地の良い風が吹いていることから、その名前が付いたそうだ。「風の森」は五感で楽しむ銘柄として、生酒ならではの立体感、果実を彷彿とさせるような香味など、日本酒の魅力が最大限にまで引き出された銘柄だ。

「風の森」の特徴は仕込み水に超硬水を使用した無濾過無加水生酒であること。その土地の適切な水を使用することで独自性のある日本酒になると考察した結果、「風の森」を醸造するのにベストな水を取水するために新たに井戸を掘り起こしたそうだ。仕込みの特徴はほかにも、一般的に日本酒は火入れと呼ばれる加熱処理の工程を経てお客様のもとへ出荷されるのだが、「風の森」は濾過や上槽後の加水も行わない、無濾過の生酒に特化している為、品質管理において細心の注意を払う必要がある。間違いなく無濾過無加水生酒は品質管理においてリスクの高い醸造方法である。これは技術力のある酒蔵でしか導入できない醸造方法だ。精密な微生物管理を徹底しながら品質を劣化させる微生物が存在しないかを確認し、検査体制を強化してきた。そのほかにも長期低温発酵と呼ばれる製法で醸造を行っており、冷却能力の高い、独自の設計を施した密封性を高めた特殊なタンクを採用している。こうすることで発酵の速度を穏やかにし、30日以上にわたる長期低温発酵が可能となる。その結果、まるで果実を彷彿とさせるような爽やかな香りを纏った、ラムネのような甘味の「風の森」が誕生するのだ。

油長酒造の所在地である奈良県御所市本町は奈良県内で最も人口の少ない市としても知られ、かつては製薬業や製油業などの商売で繁栄した町として、古くからの歴史が根付いていることが魅力のひとつとして挙げられる。江戸時代から残る街並みや歴史ある家屋が今でも数多く残されており、街を散策すると、まるで江戸時代にタイムスリップした感覚になる。油長酒造では御所の魅力を多くの人に知ってもらうため、敷地内に「風の森」を楽しめるレストランの開店を目指すなどの準備を進めているそうだ。今後は多くの地域の企業と協力しながら、御所を盛り上げる事業も構想している。

御所市の西側にある葛城山の麓には、下鴨神社や上賀茂神社などの、全国の「カモ」神社の総本社である高鴨神社がある。ここは日本酒のお米とも関係が深く、弥生時代中期より優れた水稲技術をもっていたといわれる鴨族の守護神が祀られています。また、風の森峠周辺は稲作発祥の地としても知られている。また、神社の敷地内では準絶滅危惧種にも指定されている、日本さくら草の栽培が行われており、4月、5月の開花時期には多くの花見客で賑わいます。高鴨神社の敷地内にある「そば小舎」は、鴨汁そばが名物として知られている。つけ麺仕立てのそばは、太打ちの色黒田舎そばで、出汁には葛城山麓の合鴨の棚田から仕入れた鴨肉を使用しており、鴨肉の旨味が活きている。店を訪れた方は鴨汁そばと、「風の森」のペアリングを楽しむことができる。鴨汁そばの濃厚で味わい深い出汁に「風の森」の甘味やとろっとした味わいが相乗し、なんとも言えない味わいに。店内の窓からは高鴨神社の朱塗りの柵と御池を眺めながら食事を楽しめるのも魅力のひとつです。

文:宍戸涼太郎

写真:石井叡